ヒント/混浴と宗教

今朝ふと思った。

江戸時代は、公衆浴場で男女混浴が一般的だった。渡辺京二『逝きし世の面影』(p295~)に、当時の様子が書き記されている。(この本は、江戸時代末期から明治時代初期に、日本を訪れた外国人のキリスト教の宣教師や外交官が当時の様子を記した手記を翻訳し、そこから当時の暮らしの様子を描き出すことを目的としている。)

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彼らは公衆浴場で「男、女、主婦、老人、若い娘、青年が混浴するが、だれも当惑する様子がな」く、・・・。

日本人の裸体姿からショックを受けるのは、日本人が「精神と肉体の両面でわれわれに近く」「交際する形式からしてもいかにもヨーロッパ風であり、一般に洗練され、折り目正しい態度」をとるからだ。日本人がわれわれとは「慎み深さや羞恥について別種の観念を持っている」ことがわかれば「異様で不愉快な衝撃」を受けないですむ。・・・。

羞恥心とは、ルソーが正当に言っているように『社会制度』なのである。

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明治時代に、日本社会は積極的に西欧の生活文化や習慣を自分たちの生活に取り入れるようになった。その過程で、それまでとは違う規範意識(羞恥心)を心の内に持つようになった。

西欧社会の道徳規範はキリスト教的な道徳意識から来ているのだろうから、その意味で、日本人は新しい宗教道徳を身につけたと言えなくもない。

私(たち)が、普段、ふつうと思っている道徳観や考え方は、宗教的なものとして始まっているのかもしれないし、その意味で、宗教や神さまは意外に大事なのかもしれない

『逝きし世の面影』渡辺京二/2005