ヒント/あとは日本人を作るだけだ!(?)
1861年イタリア王国の成立後、当時活躍した政治家マッシモ・ダゼーリオが「イタリアは作られた。あとはイタリア人を作るだけだ(Fatta l'Italia, bisogna fare gli italiani.)」という言葉を残した。
昨晩、近所に住むアメリカ人と話していて、自分が日本文化と愛国精神は別のもののように感じていることに気づいた。逆に言うと、彼の考えでは「日本文化に対す思い」と「日本国家に対する思い」は同じ、あるいは直線的につながっている感情なのだと理解した。
今朝、私は、ある本に書かれていたことを思い出した。それが「イタリアは作られた。あとはイタリア人を作るだけだ」だった。20年以上前になるのでどこに書いてあったかは思い出せない。
その文章の中で、日本人が海外から飛行機で帰ってきたときに、長崎県上空あたりで、九州の姿をみると「あぁ、日本に帰ってきた」という感慨を抱くのは、教育のなせる業だというようなこと(「日本人を作る」ということ)が書かれていた。
日本人が「日本」を国号として使いはじめたのは7世紀前後だったと言われる。そこから、江戸時代の終わりまでと、明治からでは「国」の性質が変化した。西洋発の近代国家=「国民国家日本」がはじまった。
私の感覚的なズレは、この「国民国家日本」と「自分が日常的に感じる日本」が一緒になっていないという感覚のような気がした。
哲学対話的にテーマにするなら「日本文化とナショナリズム」といったところだろうか。
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